2009年9月16日水曜日




民主化の流れ、公教育の充実と拡大のなか、なお学校に行けない子どもらのために

学校運営から通学支援-無償の奨学金支給制--転換をめざす

松葉杖を唯一の友として、日本中をさすらい、世界中をさすらった、その果てに

なお燃え尽きない、生命の火の、その末期の住処として

世界の最高峰ヒマラヤの山々に抱かれた、ネパールの町ポカラに

貧困の子らの未来を紡ぐ、学校を建てよう、と

車椅子の詩人・岸本康弘の、この稀有な発心から、ポカラきしもと学舎の事業が始まったのは’97

民主化の流れで、立憲君主制から共和制へと、激動するネパール情勢に翻弄されつつも

‘01年には、現地NPO法人HDSSを設立、政府認可の学校として、ネパール岸本スクールへと変身

ポカラとの往来暮しも、今年はすでに13年目を迎えました

岸本康弘は、この間ずっと、自身の障害からくる体力の衰えと、病魔の浸蝕に抗いつつ

この限られた余命のなかで

きしもと学舎の会のみなさまの、温かい支援、溢れる善意に支えられつつも

いわば徒手空拳で取り組んできた、生命の火の事業、ポカラでの学校運営を

いかに守りぬくべきか、またどのようなゴールをめざすべきか、考えぬいてきました

いま、ネパールは、民主化はなったとはいえ、不安定な連立政権の下

なお流動的な情勢にあって、さまざま波乱含みであることは、よくご承知のことと思います

とはいえ、この十数年で、国民の識字率は、若年層において格段の上昇を示しており

全土的な公教育の充実、拡大のなかで、初等教育における就学率も、また格段に上昇しています

それでもなお、貧困ゆえに学校に行けない、最下層の、ひとにぎりの子どもたちがいます

ネパール政府は、そういった子どもたちに、その親たちに向けて、就学を奨励喧伝すれども

経済的な援助施策を採るなど、まだまだ到底望むべくもありません

貧しく虐げられたこの子らのために、限られた余命のなか、自身に課すべきはいったいなにか?

いったいどのようなかたちが、望ましいものであるか?

それは、富める者も貧しき者も区別なく、また残存するカーストなどによる差別もなく

どんな子どもたちもみな等しく、同じ学び舎に通い、育つことでありましょうか

ささやかなりとも、この12年の歳月、灯しつづけたその一燈を

岸本康弘は、きしもと学舎の会は

この先、一両年をかけて

学校運営から、通学支援-無償の奨学金支給制-へと

その使命を、転換していきたい、と考えています

2009年9月8日火曜日

水の道 -岸本康弘の詩


病身をかこつ青年は
四十数年前 闇の中で歩むべき道を探りつづけていた
青年には設えられた道などなかった
一日々々が道だった

いつか青年は老いて
動けない体を車に委ねていた
車窓を擦過する山村の風景はかつて闇の中で見つづけたものだった
辟易していたはずなのに
変な和みになって身心を過ぎていく
青年は何げなく山頂から下っている細い岩肌を見つけた
水が何年もかかって岩を削りながら川に流れていく道だったのだ

水の道!
山頂に降りそそいだ雨が長時間かけて作り出した道
今 道は夕日に白く輝いている
青年の目も一瞬 輝いた
そして通過してきたあまたの苦労に
ちょっと微笑してみた

2007年7月4日水曜日

充 足 -岸本康弘の詩


穏やかに晴れたヒマラヤを尻目に
牛の親子がゆっくりと草を食んでいる
子牛は寄りそって
親から刷り込みを受けている
雄牛は徐ろに足をたたんで寝そべる
彼は舌で背中をなめる
痛いのである

首も痒いらしいが舌が届かない
彼は偉そうに首を大きく振る
察した雌牛が彼の首をなめてやる
ひたすらなめてやる

雄牛はいつしか眠ってしまう
雌牛はその横にゆっくり寝そべる
夫婦の愛のサインを交わすように時おり尾を振る

子牛は少し離れてちょこなんと座っている
老人が通りかかり
牛糞を拾い上げ
高々とかざして去って行く。

冬を脱ぎ出した中天の陽は
忘れてたあなたとの恋のようだ

2007年7月2日月曜日

118人の子どもたち


<ネパール岸本スクールの生徒構成について>

ネパールの初等教育は5カ年
これが日本の小学校にあたり
その前に2年の初級課程があります
これは幼児教育にあたるといえるでしょう
就学年齢は一応定められていますが
家庭の事情によりばらつきがあり
したがって実態は同学年同年齢とはいきません
昨年は、政情不安から
初級課程の新入生受け入れをやむなく断念したこともあり
この5月に入学した子どもたち-初級課程は1年生のみになっています
現在の生徒数は計118名で、学年構成は以下の通り

 初級課程 1年 19名
  々   2年  -
 初等科  1年 21名
  々   2年 22名
  々   3年 22名
  々   4年 18名
  々   5年 16名

この他に、長欠者及び離脱者26名を数えます
悲しいことに、折角入学してきても、家庭の事情などで
道半ばにしてやめていく子どもがあとを絶ちません
これもいまだ社会に根づく差別と貧困のなせるわざです

2007年6月25日月曜日

岸本康弘の詩-「愛の視点」


「PHOTOはフォトと読むでしょ。
 Pは消されるの。
 Pが可哀そうと思わない?」

あなたがアルバムを広げながら真剣に言う
そういうと言葉の中で消される文字は多くある
貧困の国で餓死していく子どもたちのように。

「きっとPは天からの文字だよ」
と 返したけど
愛の眼ざしを持つあなたが
また一つ
好きになる

2007年6月21日木曜日

心を開拓し展開させる時代に‥‥


 皆様は日々新たな想いでご活躍のこととお喜び申し上げます。
ぼくは五月下旬ネパールから帰国し、秋にはまた赴く予定です。


現地は政局が少しは安定しつつありますが、六月に予定されていた新政府による総選挙は実施されず、いつ行うかの見通しも立っていません。一部の富裕層は生活を謳歌していますが、半分以上の人々は仕事がなく生活に追われています。それにしても若い人たちの多くが携帯電話を持っているのには驚きです。それは日本よりずっと高価で、機能もいっぱい付いています。国王が退いてから急速に普及しはじめました。

ここは益々ちぐはぐな国になっていくように思われます。そして、この山国にも激しい物流が渦巻いているのですが、春を飛び越えて夏が来たように暑い日がつづき、温暖化が叫ばれている世界に、不安を感じないわけにはいきません。

ネパールの人々の多くは殆ど仕事がありませんが、金のある親戚や知人を頼ったりして、やり繰りしているように思われます。自国に希望を見出せない彼らの多くは別天地へ出国すること-それはとても困難なことですが-に憧れ夢みているようです。とくに日本に対してその思いは強く、彼らはいまだにわが国のことを黄金の国のように思い描いているのです。しかし、なぜか金のある一握りの人たちが日本に来て不法滞在しているのも事実です。

 ぼくは、世の中の人々が金儲けだけでなく一大奮起をしない限り、近未来において大変な事態になるように思えてなりません。人心の荒廃が加速している日本、ぜいたくな暮らしを希求してやまないネパールを目の当たりにしていると、ほんとに切なく悲しくなります。

「それでも‥‥、私はリンゴの木を植える」と、心ある人々は懸命に≪明日≫を植えています。今までは地球を開拓する時代でした。これからは、人類が内に秘めている心を開拓し展開させる時代を迎えているのだと思います。二つの国に生きて、そのことを今、ぼくは痛切に感じています。ご支援を下さる皆様のお言葉からもそれを実感して、勇気を得ています。
しかし支援の方々も、高齢も重なって少なくなり、ぼくの体も益々弱り重度になっていきます。でも差別や貧困を撥ね除けてしまう元気な子どもたちに真向かっていると、いま一歩、歩を進めたく決意を新たにするしだいです。

皆様のより心強いご支援を切にお願い申し上げます。

  2007年6月

兵庫県宝塚市の自宅にて 岸本康弘